高校で書いた反省文晒す

ぼくは高校生二年生の冬にニュージーランドに留学をすることになるのだけれど、その直前、集会をサボって友人らと男子更衣室に隠れて遊んでいたのが見つかって、先生にこっぴどく叱られたことがあった。

8人くらいの先生に囲まれたぼくとなおや(仮名)ととみえ(仮名)とつかだ(仮名)。

特進クラスだったぼくらは、最近の成績が落ちに落ちていることを指摘され、怒られていた。

ただ、その中で唯一成績が上がり続けていたはずのぼくが一番怒られることになったのは、留学を控えているからだった。

 

教室で一人残され、怒られることになったのも、今となっては(勝手に)いい思い出だ。

この歳になって、書いた反省文を読み返すと、ずいぶんとしんどいものがある。17歳だったぼくが恥ずかしげもなくこんなものを提出したのかと思うと、顔を覆いたくなる。

 

以下がその時に提出した反省文なのだけれど、それを受け取った現代文の先生が、

「これは小説ですか…?」

と心底不思議そうな顔で言ったのを、今でも忘れられない。

 

 ありがとうございます。そして、すみませんでした。
 私は指導をしてもらう直前。もしかしたら本当の意味で怒られることはないのかもしれないと不安と期待の入り交じった感情でいました。

形だけの、体を成しただけの指導である、と。

見捨てられてしまうという身勝手な不安と、叱られるのが嫌だからという子供のような期待。

どちらにせよ、呆れを通り越した諦め。

諦めを通り越した失望が滲んでいることは想像できました。

蓋を開けてみれば。そこにあったのは、失望を通り越した怒りでした。

もしかしたらその怒りは諦めでもあり、失望なのかもしれません。


 授業ではないからサボる。

どうでもいいから良い。

このような想いで私は友人と共に抜け出しました。

このようなことを最もやってはいけないはずの私が、やりました。

そもそも、大事にはなっていないだけで、兆しはありました。早退もその一つです。警告をされながらも、高を括っていました。

バレることはない。

バレなければ良いのだ。

と。正直な所、そう思っていました。

浅はかでした。浅はかだと解っていながら、思っていました。

 

私は留学をしようとしています。もちろん、自分一人の力では何もできませんでした。

今まで親と、たくさんの先生とが私のせいで少なくない時間を取られてきました。

特に一年の頃の担任であるこまば(仮名)先生、今の担任であるはらき(仮名)先生には大変な手間をかけさせています。感謝してもしきれません。


 そのはずです。今日こまば(仮名)先生に言われたことは私の頭に未だに響いています。

「感謝される覚えはあっても、こんなことをされる覚えはない。」

響いて、耳から離れません。

たくさんの方々の時間を盗み、手間をかけさせて。僅かばかりでも期待をしてくださり、私の為に助言をくれた先生もいました。

私はそれらすべての人を、裏切りました。

だから私は不安だったのです。

身勝手だとはわかっていましたが、自業自得であることはわかっていましたが。

完全に見捨てられるかもしれないと、不安でした。

 

もう見放されたのかもしれません。(不適切な発言なのでしょうが)しょうがないと思います。

私は言い訳も、謝ることも、できる立場にはいません。

もうしてしまったことに対しての後悔など遅すぎで。

もう終わってしまったことに対しての謝罪など無意味だと私は考えます。

私は幼いが故に怒られることに身勝手な反発を感じました。ですが。私はそれ以上に嬉しかったです。

見放されているのだとしても。呆れられているのだとしても。

心底失望して、諦められているのだとしても。

これほどまでに怒ってくださる方がいてくれて。
 ありがとうございました。
 留学の単位がでるかどうかはわかりませんが、その結果をきちんと受けとめます。私が今までしてきた浅はかな行動は取り消せるものではないと思いますが、これからの私をどうか見ていてくれるとうれしいです。
 大変、申し訳ございませんでした。