人生は不思議な出会いにあふれているはなし 2-2
人生は不思議な出会いにあふれているはなし 2-1 - 言葉尽くして、好き隠さず
続き
熱い視線でお互いを見つめる女の子がふたり、隣で踊っている。
ほほ笑むと、彼女たちはわたしを歓迎してくれ、3人で踊った。
しばらくしてふとアーロンが心配になり、探しに行くことにした。
わたしはふたりにキスをし、ありがとうと伝えた。
“わたしたち2階にいるから、お友達が見つかったら来てよ。”
アーロンはバーの前のソファで、ふてくされた様子で座っていた。
“どうして置いていったの。僕が人見知りなの知ってるでしょう。”
1か月後にはここを去り日本へ戻ることを考えては、彼のことが心配になる。
ともだちをつくるのが苦手な彼に、最初に話しかけたのがヒューゴだった。
友達の友達だったわたしたちは、気まぐれなヒューゴのドタキャンで急遽ふたりきりで会うことになった。
Student nightのシティに繰り出し、ふたりでカフェに入った。もちろん買い物もして、ふざけた巨大チェスで遊び、帰り際に彼が言った。
“僕たちもっとふたりで会うべきだと思わない?”
わたしたちは晴れて親友となった。
あれからまだ2か月も経っていないのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。大切な人ができるのに、時間なんてこれっぽっちも意味ないのだと、彼が教えてくれた。
クラブを出ると、外は凍るように寒かった。
わたしたちは凍えないよう、手をつないで歩いた。1時間に1本のバスの時刻表は、毎時間15分に到着予定と書かれている。
朝の3時20分。わたしたちはキャンパス内の寮まで、40分歩いて帰ることに決めた。
5分ほど歩くと、後ろから誰かに呼び止められた。
“そこのお2人さん、大学への道を知らない?スマホがこの寒さにやられちゃってさ。”
“ケント大学なら僕らも向かってるけど、君はChrist Church 大学の方?”
アーロンの質問に彼の顔は一気に明るくなった。どうやらわたしたちと同じ、ケントの生徒らしい。
“君たちの時間を邪魔するつもりはなかったんだけど。バスを待つ気にもなれなくてさ。”
この国のバスが時間通りに来たことなんて、この2か月で1度でもあっただろうか。
わたしたちは3人で歩き始めた。
おしゃべりな彼はネットと名乗った。どこかのヨーロッパの国出身らしく、この国に来て10年ほどだと言っていたと思う。
ひと通り自己紹介を終え、君たちはいつから付き合ってるの?なんて質問でアーロンを困らせてから、彼が唐突に言った。
“なあ、初対面の人にこんなことを言うのは気が引けるんだけど、君らはどうやらいい人らしいからさ。
申し訳ないけど、今誰かに話さないとドキドキして耐えられないんだ。
君たち、俺のこと通報しないって誓う?“
めんどくさいことになってきたと思った。アーロンも同じように感じていることが、彼の手から伝わってきた。
“内容によるけど、、何をしたの?”
アーロンの返事に不満そうなネットは、内容がなんであれ通報しないと約束してくれない限り話せないと言った。
しばらくの攻防を経て、わたしたちは彼の条件にしぶしぶ納得した。
わたしは内心、この人が殺人鬼だったらどうしようと怖くなってきていたが、どうにか悟られないように努力していた。アーロンには、手からすべて伝わってしまっていたかもしれない。
“俺はさっきまで友達の家でパーティをしててさ。女の子がたくさんいるやつだよ、自分で言うのもなんだけど、俺は結構モテるんだ。
みんなで××××しながらお酒を飲んでべろべろになってたらさ。あんなに酒を持ってきたあいつが悪いんだと思うんだけど、そしたら女の子のひとりが△△△△を出してきて、それで俺らまで、、、“
彼はひとしきり話終えると、わたしたちの返事も待たずに、“すっきりしたよ、ありがとう”と礼を言った。
アーロンは、“Right.”とだけ返事をし、わたしは何も言わなかった。
15分ほど歩いただろうか。そろそろ寒さもしんどくなってきて、まだ半分も来ていないと思うと、心が折れそうになった。
“近道をしようか”とネットが言い、彼は道路から外れて、おもむろに草原に入り歩き始めた。
“ちょっと待ってよ、道はわかってるの?”
“目印があるんだ。暗くてよく見えないけど、あそこに大きな木があるのがわかる?あれがthis treeだよ。”
彼の意味不明な発言に表情で説明を求めると、“行けばわかる”、とだけ言い、彼はまた歩き出した。
目印の木を目指して歩いていると、本当にキャンパスの明かりが見えてきた。
わたしたちはようやくその木までたどり着いた。
“木を照らせる?”とネットが言ったので、わたしは持っていたiPhoneのライトをつけた。
いままで見た中でいちばん大きな木の太い幹に、大きくペイントでTHIS TREEと書かれていた。
草原の真ん中で、誰も通らない、道なんてないこの場所で、たたずむ木に描かれた文字の存在を知っている生徒が、いったいキャンパスに何人いるだろうか。
“この国来て一番ハリーポッターっぽいものを見た。”
誰に言うでもなくわたしがつぶやくと、ネットは得意げに笑った。
あんなに遠かったキャンパスの明かりが、もうこんなに大きく見える。
夜明けを目前に白んだ空を見上げ、わたしたちは、自分たちの自由と若さと不安を、空気で共有した。
“Happy birthday, Haruka.”
夜明けに照らされたアーロンの顔は、すごく綺麗だった。
いつかどこかできっと会う好きな人の好きなところ
たけぴって呼んでくれるあの子の好きなところは、どんな環境にも飛び込む勇気があるところ。
きっと一番難しい、動くっていうこと、行動するっていうことをきちんとできて、勇気を出して一歩を踏み出すことができる。
そんなとてもとても、勇気の人。
たぶん風のあいつの好きなところは、知識欲が強くて、面白がるのが上手で、ユーモアに溢れているところ。
とにかく弁が立つ。ふざけきってしまうことができて、周りを巻き込む魅力を持っていて、人がたくさんいればいるほど、一緒にいてくれる安心感が出てくる。
そんなとてもとても、センスの人。
金髪が似合わないあいつの好きなところは、懐が深くて、情に流されまくる優しいところ。
何でも受け入れようとしてしまうことができる。どんな人間も、どんなシチュエーションも、どんな行いでさえ、ついていくことのできる器の大きさを持っている。
そんなとてもとても、優しさの人。
ブログたまに書いてくれるあの子の好きなところは、人のことが好きでたまらないところ。
きっと人のことを考え続けていて、人と一緒にいるのがたまらなく楽しくて、誰かのことを想って、形にしてしまうことができる。
そんなとてもとても、人好きの人。
この世界は私か私以外かなのよと言い張るあの子の好きなところは、じぶんの大切にしたいものをきちんと大切にしようとする丁寧なところ。
大事にしたい考え方があって、それが曲がってしまわないようにコツコツと積み重ねることができて、丁寧に生きようとしている。
そんなとてもとても、丁寧な人。
最近すごいことに気づいた。
だから今を生きようとか、だから未来は変えられるとか、そういうことじゃなくて。
ただひたすらに、単純な事実。
過去は変えられない。
これはぼくの中では、世紀の発見である。
心に隠していたことを述べさせてもらうとするのならば、正直のところ、人生20何年、後悔ばかりしている。
挙げていったらきりはないし、挨拶すればよかったという些細なことから友達を失ってしまうほどの重大なことまで、日々の一つとて後悔しなかったことはない。もちろん、今だって。
こういう風に言えば良かった、あの時あんなことしなければ良かった、こうしてさえいれば…。
なんでこうしてくれなかったのか、もっと言い方を気をつけてほしかった、あんなことさえしないでくれれば…。
未来は決められない。
これもぼくの中では、ずいぶんと目からうろこの事実だ。
最近も、ぼぅっとする時間を作っては、これからどうやって生きよう、とか、じぶんって何がしたいんだろう、って考えている。
過去は変えられないし、未来は決められない。
じゃあ「いま」が大事、…っていう、そう単純なものでもない。
「いま」だけ見てればいいのかと言われれば、それはそれでしんどそう。
だからぼくは変わらず、過去のことを思い出して、未来について考える。
思い出すと友だちやじぶんの言動にイライラすることもあるし、考えると別にめちゃめちゃ楽しそうな未来が浮かばなくて滅入ってしまいそうになることもある。
それはそれは、もったいない気がする。
それだけ。
あれなんだっけ。
水猫と下田行脚(あんぎゃくって読むわけじゃないのね)
あんぎゃー、あんぎゃー。
朝、品川から伊東行きの踊り子号に乗る。
一人で遠出をするのは、いつぶりだろうか。
列車内はガラガラで、ぽつぽつと家族連れがいるだけ。
下田までのきっぷの買い方もわからなかったぼくは、品川駅のきっぷ売り場のお兄さんが早口で威圧的で、その怖さに落ち込んでいた。
お兄さんは何も悪いことをしているわけではなかったのだけれど。
そんな不安な始まりの中、意外と居心地のいい列車での旅に満足しながら、窓からみる景色に少しだけ心を弾ませていた。
遊びで来ているわけではないけれど、遊ばないつもりはない。
窓越しの海をみて、コンビニであらかじめ買っていたお弁当を食べながら、缶ビールの一つでも買っておくべきだったかと思った。
帰りの列車では絶対に買ってやろう。
小さく心に誓っていたら、あっというまに下田まで着いていた。
約束の時間まではもうしばらくあった。
うだるような暑さの中、駅の周りを少しばかり散策して過ごす。
レストラン、ドラッグストア、お土産屋さんにコンビニ。
のどかで、観光地らしい場所だなあと思いながらぼぅっとしていると、駅前のロータリーに黒い車が見えた。
下田らしいところでもみるか。
彼はそう言って海沿いに車を走らせる。
後部座席に座りながら、ぼくは間近でみる海の美しさに心奪われていた。
穏やかな水面に映ったものにびっくりして、一度口に手をあててから再び海をみる。
水色の猫らしき形をした何かが、近くで泳いでいるようにみえたのもつかの間、その何かは姿を消していた。
気づけば山奥に入っていた。すべり台と言ってもおかしくないくらいの急な角度の坂道を車でのぼりながら、すっかりバカンス気分になっていた心が落ち着いていく。
そうだ、遊びに来たのではない。
ぼくにはやらなければいけないことがあった。
坂の頂上までたどり着くと、そこには一軒の木造の家があって、古いながらも、どこか気品を感じさせる佇まいであった。
奥には離れがあって、整備されていない道を外壁をつたって奥へ奥へと歩くと、離れのそのまた先の、森の中で突如ひらけた場所に、青色の空とチャコールグレーの椅子が二脚置いてあるだけの空間。
ゆっくりと、ゆっくりと歩いて、そこの場所へと辿り着く。
ため息がこぼれた。
何とも美しい砂浜と、海と、空。
この空間は特別感を覚えさせてくれた。
まるで秘密基地の中にある、これまた秘密の隠し階段のような、特別感。
特別感。
秘密。
あ、ぼくに足りないもの。
と思いながら、この場所、この景色を見られたことだけで、来て良かったと思わされる。
時刻はお昼前。
きっと夜は美しい星空が広がっているに違いない。
ぐるん、と視界が揺れて、砂浜と海と空の景色がかき消えて、夜空を見上げている。
チャコールグレーの椅子・・・、かどうかは真っ暗でわからない。
きれいな空。きれいな星。雲がかかって時おり見えなくなる星。砂浜の方が明るいせいか、東京よりは深く、八ヶ岳よりは薄い星空。
夜は重い。
遠くで波の音がざぱぁ、ざぱぁ。
虫がこぅろころと鳴く。
星空を見ながら、今日一日を思い返す。
掃除、片付けばかりで大変だったけれど、こうしてきれいな海を見て、おいしい金目鯛を食べて、久しぶりに太陽のもとで体を動かせて良かった。
とにかく今は心を落ち着かせる場所がないと、どうにかなってしまいそうで、そんな中自然に触れることができたのは、ずいぶんとありがたいことだった。
てか水猫って何だ。
いつか見つかるのか。
人って人で良くも良くも変わるんだなあって話
結構ずっと考えていた、
何で人って結婚するんだろう?
どうせ変わってしまうのに。
って。
辛いもの嫌いだった人がいつのまにかカレーばくばく食べてる。
早起き無理って言ってた人が毎日朝6時に起き始めた。
タバコあれだけ吸わないって言ってたのにお前吸うんかい。
とか。
変わることは悲しいこと。
「変わったね」は、けなし言葉。
ぼくの周りで仲良し夫婦というものをみたことがないのも関係しているのかもしれない。
ずっと結婚に対して懐疑的だった。
"変わってしまう"人同士が、何のためにずっと一緒にいようと思うのか。
だから変わることがぼくはマイナスなものだと思っていた。
そのくせ「どうせあなたは」と言われるのも癇に障った。
でも変わったねって言われてうれしく思うことがあって、"変わること"にあるポジティブな面やネガティブな面よりも、どうして変わるのかを考えてみたくなった。
人って、どうして変わってしまうのか。
それは、人と関わるからなんだと思う。
何かを言われたとか、人間関係で重要な出来事があった、とかではなくても。
じぶんは辛いのが苦手だけど、カレーをめっちゃ美味しそうに食べる友だちがいたとか。
ちかしい友人で毎日目標をたてて早起きしてる人がいるとか。
きっとそうやって、じぶんにはそのつもりがなかったとしても、周りの人々、付き合う人々によってじぶんも相手も少しずつ変わっていくんだ。
思い返してみれば、というかぼくにとっては明白に、あからさまに、多分に影響を受けて変化しているに違いなかった。
小学生のころから、ぼくはよく人の決まった仕草やしゃべり方を意識的にも無意識的にも真似する癖がある。
立ち方とか、笑い方とか、ひじのつき方とか、食べ方とか。
その人のことを考えながら、つい同じように行動してしまう。
兄や姉にいじられ、まるで人間でないような、変な妖怪呼ばわりされていたぼくは、未だになぜだか、何をやっても笑われることが少なくない。
小さいころに頭から転んで大泣きしてるぼくをみて大笑いする家族とか、中学の教室でホームルームをぼぅっときいてるだけのぼくをみて爆笑するクラスメイトたちとか。
そんな"人間らしくない"ぼくからしたら、周りにいるどんな人も完璧な人間に思われて、憧れて、真似をしてしまうのかもしれなかった。
でも結局みな同じように、人と一緒にいると少なからず影響を受け、変化をしている。
友だちと大きなケンカになって、相手の意見を突っぱねたとしても、ちょっとはじぶんの心の中に溜まって、変化を及ぼしているのだと思う。
お互いに。
気づかないだけで。
ちょっとずつひどくなったり、
ちょっとずつ優しくなったり、
ちょっとずつ固くなったり。
それもぜんぶ、人のせいだし、人のおかげ。
人生って、何のためにあるのかって言えば、じぶん自身の変化を楽しむためにあるんだと思う。
迷って、後悔して、選択して。
自身の意思の弱さに絶望して、相手の裏切りに悲しんで、思わぬ機会に喜んで。
そういった様々な変化の中で、じぶんをどう捉えるか。
その変化は怖いかもしれないし、痛いかもしれない。
変わることはよいこと。
良くも良くも、どちらにしろ変わるんだ。
そう思っていた方がいいのかもしれない。
それもまた、いいじゃない?
ぼくはどこに立っているのだろうか
彼女にとって、ぼくはいったい何者なのだろう。
そう考え込んでしまうことがある。
何のためにぼくは彼女と話をしているのか。
ぼくは彼女に何をして欲しくて、彼女はぼくに何をして欲しいのか。
この関わりに意味はあるのか。
ぼくは女の子が好き。
何で好き?
女の子なら誰でもいいの?
ただヤリたいだけ。
可愛ければ誰でもいい。
はたして本当にそうなのだろうか。
男性と女性っていう前提がある限り、ぼくとその子との関わりはそう単純ではいられない。
それでも関わりを持って、話したり、会ったりするのは何でなのだろう。
めんどくさいに決まってるのに。
付き合うつもりもセックスするつもりもないのなら、よっぽど仕事で関わらなければいけないとかじゃない限り、一緒にいる意味なんてないのではないか。
ぼくはあわよくばセックスをしてやろうと思っているのだろうか。
本当は何をしたくて、一緒にいるのだろう。
だって関わらないようにしようと思えばすぐにできる。
ぼくが女性と関わっている理由が
付き合う
または
ヤる
ためであるのなら、もうそのどちらも叶いそうにないのは明白なのだから、関わるのをやめていないとおかしいことになる。
それともぼくは、いつかは付き合えるかもしれないと思っているのだろうか。
あの子と?
無理だろ笑
うーん。
考えれば考えるほど、じぶんが何をしたいのかがわからなくなってくる。
いや、そもそも真っ直ぐに、純粋に、他にどんな役割を与えられることもなく、ただ対等に同じ人として関わることはできないのかよ。
と突っ込みを入れたくなる人もいるのかもしれないけれど。
先輩後輩、同僚、家族、そういった属性を除いて、男性と女性が一対一で友人として関わることは随分と難しいだろう。
というか無理だとぼくは思っている。
じゃあ何でぼくは関わっているんだ?
ヤリたいけどヤレてないだけ。
なるほど。
付き合いたいけどフラれてるだけ。
確かに。
じゃあ今は?
あれだけ人に会いたくてたまらなかったぼくが、予定が変わって会えなくなることにホッとしている。
連絡なんて誰ともマメにとってたことないのに、2日何もないだけで少しだけ不安になっている。
この男と女という複雑怪奇な関わりの中で、ぼくはどんな役割を果たそうとしているのか。
彼女の目にぼくはどう映っているのか。
答えはまだ、出そうにもない。
人生は不思議な出会いにあふれているはなし 2-1
“俺のこと通報しないって誓う?“
会ってから5分も経っていないのに、何を言われるかわからない状態でYESと言うのは難しいだろう。
秘密を打ち明けることへの恐怖心は、お酒に飲まれて薄まったか、完全に流されてしまったようだった。
というか彼はいったい誰?今日はわたしの21歳の誕生日なのに。
フィンランド出身のサラ(彼女はSala、お姉ちゃんはSarah)は、ムーミンに会いたいからフィンランドに移住したいと言ったわたしを笑うことなく、“ほんとに?フィンランドへようこそ。”とワイングラスを掲げてくれるような、5歳上のお姉さんだった。
ワインが好きで、ワインサークルの試飲会で酔っ払ってはわたしの寮のキッチンに来て、ハウスメイトのゲイヴと魔法の薬草を喫煙していた。
11月になり、彼女の誕生日パーティーの招待が届いた。偶然にもわたしの誕生日と一緒だった。わたしは目立つタイプでもないし、とりあえず黙っておこうと思った。
彼女のキッチンに時間通りに到着すると、早すぎたようだ、まだ誰も来ていなかった。
すっかり冬景色の庭のベンチでわたしはサラと一服し、学内のスーパーへワインを買いに出かけた。
2番目に安いワインを片手にサラの家に戻る途中、ルースとバットに会った。ベルギーとフランス出身のふたりは母語が同じこともあり仲が良かったが、わたしを見つけるとすぐさま英語に切り替えて話してくれた。
“あんたこの2か月でずいぶん英語がイギリスなまりになったね。”
ルースが笑いながらわたしの英語を馬鹿にした。
“でもほんと、よく話すようになったよね。バットも。”
彼女は付け加えて、つけたばかりの煙草を大切そうに吸った。この国の煙草は高い。
サラの家に着くと、すでに数人が到着していた。
“Happy birthday, love.”
ルースもバットも、サラにきつめのハグをし、ほほにやさしいキスをした。
サラが焼いたタルトはすごくおいしかった。わたしは自分で買ったワインをほぼひとりで飲み切り、なんだかすごく楽しかった。
庭に出ると、到着したばかりのゲイヴが酔っ払ったわたしを見て笑った。彼の柔らかいブロンドの髪が好きだ。
“アーロンのところに行かなきゃ。“
アーロンの家に着くと、彼は部屋にいなかった。共用スペースの大きなテレビで、ヒューゴとアンジュと映画を観ていた。
“どうしたの、そんなに酔っ払って。”
アーロンは心配そうにわたしの肩を抱いた。明日は誕生日だから、と答えたわたしを、何も言わずにやさしくなでた。
今日はクラブで夜を明かす約束だった。ヒューゴは潔癖性でクラブが嫌いなので来ない。でもきっとそんなのは言い訳で、アンジュと一緒に時間を過ごしたかったんだろう。
空いたワインボトルを持ち、街の中心へと向かうバス停へ歩いた。途中ごみ箱にボトルを捨てようとしたが入らず、空のボトルは大きな音を立ててわたしの足元で割れた。
笑っているわたしの代わりに、アーロンがセキュリティのおじさんに何度も謝っていた。
街の外れにある廃れたクラブは、入場待ちの列ができていた。こんなボロいクラブでも人が集まるのは、みんなここくらいしか来る場所がないからだろう。東京との密度の違いを痛感する毎日が、わたしは大好きだった。
大きな犬ににおいを嗅がれ、何も持っていないのになぜかすごく緊張する。
中に入ると、音量と熱量が一気に押し寄せ、その雰囲気に少し怯む。
最初のドリンクは決まってジン&トニック。アーロンが買ってくれた。
だんだんとわたしたちも雰囲気に溶け込んでいく。フロアの一員になる。
“踊ろう。”
続く
あの日の夜の丁寧さを思い出してみる
過去には違いなかった。
ぼくが今日よりも若かったころの話。
何十年も前の遠い昔の話である気も、つい昨晩の出来事だった気もする。
そんな不思議な感覚にとらわれつつ、ぼくは今日、写真を見返していた。
あの日ぼくらは四人で、昔話に花を咲かせながらビールを飲んでいた。
何を話したのか今となってはうろ覚えなところも多いけれど、話題の中心はいつだってのりこだった。
いつかまたみんなで集まって、昔みたいに笑って話せる日が来るといいですね、だなんて話をしながら、つっきーはロックグラスに入った酒をあおる。
ぼく、やりたいことがないんです。
とこぼすつっきーの言葉をきいて、まじめだなあと思った。
なんかでも、つっきーはこれからもひょうひょうと、上手に生きていくような気がした。
今思い出しても、あの日はとても楽しい夜だった。
ゆかとも、みなみとも、一緒に飲んだのはたぶん1年ぶりとかで、少し変わったところ、少しも変わらないところをききながら、ずっと笑っていたのを覚えている。
ゆかの話はぜんぶ面白い。
笑いがシンクロすることが何回かあって、それがまた面白かった。
いや、ゆかってほんと面白いな。センスのかたまりみたいな人間。
みなみは相変わらず丁寧だ。
押し付けない気配りが一緒にいて安心感しかなくて、つい頼りきってしまう。
なんでぼくはこんなにみなみすごいって思ってるんだろうって考える。
言語化を試みると、答えがわかった。
みなみは笑うのがとても上手なんだ。
人の話を笑ってきく力。
面白がってしまうのがうまくて、場の空気がすごくすてきなものになる。
またすぐ、集まれるだろうか。
そこにエモさはなかった。
大学時代に通い慣れた道をタクシーで通り過ぎながら、ぼくは変わったのだろうかと考える。
やりたいことないんです、と言っていたつっきーの言葉をじぶんの心の中で反芻して、目をつぶった。
やりたいことってなんだ。
大それた夢も、野望もない。
人と関わることが大好きだったはずなのに、もう疲れてしまっているじぶんがいる。
あの日の夜みたいな丁寧さばかりが続いてくれればいいのに。
どうでもいい
もイヤだ
でも固執していたら、ぶつかって互いに壊れてしまう
人って、なんとも難しい。
ただやっぱり、人って楽しい。
ぼくが人から逃れることは不可能なのだろう。
一緒に飲んでくれてありがとうです。
これからもゆっくりとゆっくりと、誘っていけたらなあと思う。
まあ誘ってくれてもいいのよ。
泣いて喜ぶよ。