渋谷を徘徊するスト缶のお嬢に声かけてみた
とある10月に、キャバ嬢と会った。
夜中、先輩とのドライブを終えて家でくつろいでいたぼくが、あおた(仮名)からのライン電話を無視していると、こうたろう(仮名)から電話がかかってきた。
今何してるの、ときいてきた彼に対して、家だよ、と答える。
ちょっとカオスだから渋谷来て、とだけ言うとこうたろうは電話を切った。
秋口で、外は少しだけ肌寒い。
時刻は0時を回ろうとしていて、行ったら帰ることはできないだろう。
ぼくはしばらく迷った末に、靴をはいた。
現在地が送られた渋谷の道玄坂の道には、そこそこ酔っぱらったあおたとその友達と、それを少し困った顔で見ているこうたろうがいた。
「おれもあおたに呼ばれたんよ」
とこうたろうが言う。
「ぼくたち居酒屋で飲んでたんですけど、気づいたらみんないなくなってたんですよね」
あおたはひとしきりしゃべると、のだ(仮名)と合流するのだと言った。
「のだはどこにいるの?」
「等々力だって。歩いて来るらしい」
「合流するころには夜が明けるな」
ぼくらは話しながら、センター街の入り口、ツタヤの前まで来た。
「どこ行く?」
「ちょっと待って、のだに連絡してるから。携帯の充電がヤバイらしい。渋谷まで来れないって」
そんなこんなで、もう終電がなくなろうとしている中、行き交う人の数の減らないセンター街を見ていると、
「見てみ、あの子一人でスト缶持ってる」
と誰かが言った。
センター街に吸い込まれるようにして歩く女性。
20代くらいの灰色のベレー帽を被った彼女は、度数9パーセントのレモンサワーの、ストロング缶を持っていた。
「すげえ。かっけえ」
「さっきもいなかった?」
ぼくらの中では、ストロング缶のお酒を飲みながら歩いている人間はめちゃめちゃイケてるという考えがあって、集合場所とかにそれで来るやつなんかは尊敬と畏怖の念を持たれる。
ただ、通常の神経を持っている人からドン引きされるなど、あらゆるリスクを想定したときになかなかストロング缶を飲みながら外をうろつく、みたいなことはできないのが現実で、だからぼくらはスト缶を飲みながら一人で歩いている彼女のことを、羨望の眼差しで見ずにはいられなかった。
彼女の背中を見えなくなるまで追ってから、ぼくらはため息をつく。
「あの人どこ行くんだろう」
「相当やばいやつに違いない」
「てかおれらも飲まね?」
「のだとどうやって合流しよう」
そこから10分くらい、くだらない会話をしていると、再び誰かが言った。
「またあのスト缶の人だ」
歩く彼女は、先ほどと同じようにセンター街へと消えていく。
「ひまなのかな?」
「なんかずっとグルグルしてるね」
「早く酒買おうよ」
「のだと三軒茶屋で落ち合おうってことになった!」
えっ、どうやって行くの? とぼくがきくと、こうたろうが携帯を見ながら、まだ終電間に合う、と言った。
地下にある、田園都市線のホームへと向かう階段を下って、広い通路を歩いていると、
「あれ、またあの女の人」
10メートルほど先にいるのを見つける。どうやら帰ろうとしているようだった。
「あ、ナンパしてる」
そんな彼女に声をかける男。
「なかなかのツワモノだな」
「うわ、無視されてんじゃん、かわいそ」
「まあ無理だろ」
「また違うやつがナンパしてる」
「すげえな。こいつも撃沈」
「あおたなら行けるんじゃね」
あおたに対して絶対の信頼を置いているこうたろうが、そんなことをポツリと言った。
こうたろうは、あおたならどんな酒も飲めるし、どんな人とも仲良くなれるし、どんな場所でも面白がって最高のパフォーマンスを発揮することができると信じて疑わない節がある。
でもたしかに、あおたが友達になれなかった人は、今までいない。
占い師のおばあちゃんも、ホームレスのおじさんも、酔い潰れたサラリーマンも、みな平等にあおたは友達になることができる。
「いや、流石にきびいだろ笑 だって誰も相手にされてないぜ」
そうぼくが言った。
ただ、言葉とは裏腹に、期待をせずにはいられなかった。
ストロング缶を持って一人で渋谷を徘徊している女性だって、あおたは仲間にしてしまえるのではないか。
いや、まさか。
ぼくらは色んな思いをないまぜにした顔で、あおたを見る。
「ぼく、いけますよ」
あおたは特に気負うこともなく、パッと女性の元へと向かった。
ぼくらは唖然としながら立ち止まって、その行末を見守る。
何やらあおたが話しているけれど、遠すぎてききとれない。
「女の子が立ち止まった!」
「まじか、何て声かけたんだ」
そこから20秒くらい話すと、あおたが振り返って、ぼくらを見ながら親指と人差し指で輪っかを作った。
OKです! 今から三茶きて一緒に飲んでくれるって!
「嘘だろ…」
「やっぱりあおたすげえ!」
こうたろうが声を上げて笑う。
そうしてぼくらは、三軒茶屋でのだと無事合流して、彼女と飲むこととなる。
キャバクラで働いている彼女は、どうやら渋谷で友達と飲んでいて、解散したけれど物足りなく感じスト缶を飲んでいたらしい。
「連絡先交換しよー」
彼女が言った。
ぼくとこうたろうはそれをききながら、あおたと交換するんだろうなあ、と思っていた。
やっぱりあおたはすごいし。
かっけえなあ、とか思っていると、彼女はぴたっとある人物にくっつく。
「いいよー」
あおたの友達は慣れたように彼女の頭をぽんぽんとなでると、甘いマスクで微笑んだ。
この日ぼくらが得た教訓、というかオチは、
「あおたが失敗することは絶対にない。ただし、スト缶のお嬢と二人きりでどこかに消えるのはあおたの友達」
である。
※この物語はフィクションかもしれません、実在する団体、人物名、地名とは関係ない可能性が高いので、話半分に読んでください。また、迷惑行為は厳しく罰せられる可能性もあるし、犯罪に巻き込まれるかもしれないので絶対にマネしないようお願いします。