水猫と下田行脚(あんぎゃくって読むわけじゃないのね)

あんぎゃー、あんぎゃー。

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朝、品川から伊東行きの踊り子号に乗る。

 

一人で遠出をするのは、いつぶりだろうか。

列車内はガラガラで、ぽつぽつと家族連れがいるだけ。

下田までのきっぷの買い方もわからなかったぼくは、品川駅のきっぷ売り場のお兄さんが早口で威圧的で、その怖さに落ち込んでいた。

お兄さんは何も悪いことをしているわけではなかったのだけれど。

 

そんな不安な始まりの中、意外と居心地のいい列車での旅に満足しながら、窓からみる景色に少しだけ心を弾ませていた。

 

遊びで来ているわけではないけれど、遊ばないつもりはない。

窓越しの海をみて、コンビニであらかじめ買っていたお弁当を食べながら、缶ビールの一つでも買っておくべきだったかと思った。

帰りの列車では絶対に買ってやろう。

小さく心に誓っていたら、あっというまに下田まで着いていた。

 

約束の時間まではもうしばらくあった。

うだるような暑さの中、駅の周りを少しばかり散策して過ごす。

レストラン、ドラッグストア、お土産屋さんにコンビニ。

のどかで、観光地らしい場所だなあと思いながらぼぅっとしていると、駅前のロータリーに黒い車が見えた。

 

 

下田らしいところでもみるか。

彼はそう言って海沿いに車を走らせる。

後部座席に座りながら、ぼくは間近でみる海の美しさに心奪われていた。

 

穏やかな水面に映ったものにびっくりして、一度口に手をあててから再び海をみる

水色の猫らしき形をした何かが、近くで泳いでいるようにみえたのもつかの間、その何かは姿を消していた。

 

気づけば山奥に入っていた。すべり台と言ってもおかしくないくらいの急な角度の坂道を車でのぼりながら、すっかりバカンス気分になっていた心が落ち着いていく。

そうだ、遊びに来たのではない。

ぼくにはやらなければいけないことがあった。

 

坂の頂上までたどり着くと、そこには一軒の木造の家があって、古いながらも、どこか気品を感じさせる佇まいであった。

奥には離れがあって、整備されていない道を外壁をつたって奥へ奥へと歩くと、離れのそのまた先の、森の中で突如ひらけた場所に、青色の空とチャコールグレーの椅子が二脚置いてあるだけの空間。

ゆっくりと、ゆっくりと歩いて、そこの場所へと辿り着く。

 

ため息がこぼれた。

何とも美しい砂浜と、海と、空。

この空間は特別感を覚えさせてくれた。

まるで秘密基地の中にある、これまた秘密の隠し階段のような、特別感。

 

特別感。

秘密。

あ、ぼくに足りないもの。

と思いながら、この場所、この景色を見られたことだけで、来て良かったと思わされる。

 

時刻はお昼前。

きっと夜は美しい星空が広がっているに違いない。

 

ぐるん、と視界が揺れて、砂浜と海と空の景色がかき消えて、夜空を見上げている。

チャコールグレーの椅子・・・、かどうかは真っ暗でわからない。

 

きれいな空。きれいな星。雲がかかって時おり見えなくなる星。砂浜の方が明るいせいか、東京よりは深く、八ヶ岳よりは薄い星空。

 

夜は重い。

遠くで波の音がざぱぁ、ざぱぁ。

虫がこぅろころと鳴く。

星空を見ながら、今日一日を思い返す。

 

掃除、片付けばかりで大変だったけれど、こうしてきれいな海を見て、おいしい金目鯛を食べて、久しぶりに太陽のもとで体を動かせて良かった。

とにかく今は心を落ち着かせる場所がないと、どうにかなってしまいそうで、そんな中自然に触れることができたのは、ずいぶんとありがたいことだった。

 

てか水猫って何だ。

いつか見つかるのか。