働くことの好きなとこ

今ぼくが働いている会社は、労働時間こそ長くなりがちなものの、やりたいことをやらせてもらえているという点ではかなりホワイトですてきな職場だと思っている。

 

会社の話をすると、ようすけには合ってる環境だよね、お前がそこにいる理由がよくわかると言われて、あまりふに落ちていなかったのだけれど、毎日働いていく中で改めて、好きなところを言語化できるようになってきた。

 

何十人といない小さな会社で、日々営業戦略をみんなで考えたり、企画会議したり、とにかく無駄が多い(というと語弊がある)というか、方向性がばらばらというか、どうにかみんなが同じ方向をみようと必死なんだ。

答えのない答えを探している。

新しい価値観っていう、言葉にするととても曖昧なものを本気で探してて、その話し合いにぼくも参加させてもらえて、営業も企画もディレクションも取材も編集も撮影も雑用もなんでもやらせてもらえるこの今の環境がすごく好き。

 

答えのでない議論ばかりで疲れそうな気もするけれど、ぼくとしては世の中に投げかける「これってちがくね?」とか、「なんで当たり前だと思ってるの?」みたいな問いかけがめちゃめちゃ好きで、じぶんたち自身も常に自問自答しながら、言葉や価値の定義づけを行おうとすることが、すごい豊かだなあと思っている。


今働いていて不満は何一つないけれど、焦りがあるとすれば、それは学びが能動的なところ。

 

やりたいです、と言えばやらせてくれるし、会議とかにも快く参加させてくれるのだけれど、上司がめちゃめちゃ穏やかで優しいため、プレッシャーもなければ課題もない。


周りの新社会人はみんなすごい必死にがんばってて、日々インプットを多くしてるのだけれど、ぼくはアウトプットの方が多くて、知識として取り入れて勉強してるっていう感覚があまりないし、働いていてつらいと思ったことも一度もない、いわゆる少し甘い環境にいるのかもしれなかった。

 

ただ、多くの新社会人にとっての一側面のインプットは、ある程度自社に最適化された知識だったり技術になったりするところはあるのかもしれない。

もちろんだれもその勉強が無駄になるとは思っていないだろうけれど、そこの価値はみんなが思っているよりも高いものなのではないかとぼくは思っている。

 

じぶんが心から覚えたいと思っているわけではない知識を死にものぐるいで勉強してるっていう事実が、すごい尊敬できることだし、大きな力になると思った。


だからといってぼくがそれをやりたいかは別の問題なのだけれど。

 

でも本当に、そんな風にみんなががんばってるっていうのがわかるだけで、じぶんもがんばろうと思えた。

 

これが今実際に苦しんでいる当事者たちにとって、どのように捉えられてしまうのかがわからないから、少しセンシティブな話でもあるから、あまり物申すべきではないのだろうけれど。

 

ぼくはあなたたちを心からすごいと思って、尊敬しています。

毎日やめたいと思っていても、就活のときとのじぶんのモチベーションのギャップに苦しんでいるのだとしても、仕事行くのがつらいと思っていたとしても、具合が悪くなって休んだのだとしても、会社をやめたのだとしても。

えらいです。

すごいです。

働くだけですごい。

働こうとしてるだけでえらい。

 

だから本当に、大げさかもしれないけれど、死にたいと思ったら連絡してほしい。

ぼくは褒めることと、声をきいてあげることと、そばにいることしかできないけれど。

 

本当に絶対死なないでほしい。

 

あなたはえらい。がんばった。

 

毎日会社にいっているあなたも尊敬してすばらしくてめちゃめちゃすてきだけど、失敗ばかりでもきちんと働いているだけでとてもすごいこと。

 

会社をやめたあなたも、今まですごくがんばったからえらい。耐えて耐えて、がんばったのだから、今こうして家にいるのも、じぶんの心もからだも休めるためにすばらしいことだ。

 

みんなえらいなあ。

生きてるだけでえらい。