夜を見ていて
ずっと好きだったのにな。
ぼくはどきっとしながら、どこか遠くを見ている彼女の横顔を見た。
今の告白なのか?
って思ってから、ふと気づく。
いや、告白じゃない。
「寒いね」
「うん」
何を話せばいいのか分からなくて、気まずいと勝手に感じてしまった空間を埋めるために、言葉を吐き出す。
「凍るわぁ」
白い息とともに、意味のない言葉をはく。
水色のマフラーを巻いた彼女の後ろの髪が、空気を包み込むみたいにふわりと丸みを帯びていた。
ずっと好きだったのにな。
その言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、なんでそんなことを、わざわざ言ったのかをぼくは考えていた。
思い返せば、当時、彼女の様子はどこか違っていた。
よく声をかけてくるようになったし、わざわざ一緒に帰ったこともある。
ぼくが告白をされたことを知ったら、しばらくともに歩きながら、「付き合うの?」ときいてきて、「分からない」と言うと、「ふうん」と、心ここにあらずの返事をした。
思い返せば、というのはぼくにとってよくあることで、いつだって"それ"は気付くのが遅すぎる。
彼女は大切にしていたおもちゃの存在を今思い出したかのような目でぼくを見て、控えめに微笑んだ。
「あなたのどこがいいんだろうね」
「かっこいいし、優しい」
「うける」
全然うけてない声音で彼女はそう言った。
「つまらないな」
はぁ、とぼくは息をはく。
死にたいとかそういうことではなく、楽観的に人生に飽きてしまった、そんな顔をしているように、ぼくの目には映っていた。
「今ここを抜け出せば、何か変わると思ってた」
「それな」
「この場所がいけないんだって」
息苦しそうに、彼女は襟元をグッと右手で引っ張る。
「自分はここにいるべきではないって思うの?」
「うーん、なんだろう……。心が定まらないっていうか」
「心?」
「んー、難しいなあ」
彼女の言葉を待ちながら、ぼくはつまらなさそうにしている彼女を、少しあわれに思った。
いや、違うかもしれない。
そのつまらなさに引っ張られてしまっているのが情けなくて、どうせなら彼女を面白がらせたいのに、何もせずに諦めてしまっている自分に、たぶん呆れているのだった。
映画みたいなことがしたい。
夜の学校のプールに忍び込んだり、高層ビルの屋上に侵入して夜景を見たり、そんなささやかな特別に酔いしれながら、ドラマチックな時間を楽しんでつまらなさを上書きしてしまいたい。
「ありがと、同情しないでくれて。これ返すね」
真っ黒なコートを脱いでぼくに渡すと、彼女は振り返ることなく歩いていった。
これは映画じゃないし、夢でもない。
ぼくはいつだって、気づくのが遅すぎる。