猫に恋する女の子

「猫だって恋するんだぜ?」 

「いや、でもクロは雑種じゃん」

 オメーもだろ、という言葉をグッと飲み込んで、おれは自分の背中をなめる。

「大事なのはこの毛並みだから。そこらへんの野良と一緒にすんな」

「クロも野良じゃん」

「つーか恋にはどっちも関係ねえし」

 顔をぐしっ、ぐしっ、とふいてきれいにする。

 この美しい茶色と黒色のまだら模様と、細くて長い尻尾。

 う〜ん、我ながら美しい!

 冷めた目でこちらを見るアオがおれの高貴なる尻尾をバシバシと叩く。

 雑種ごときがベンチに座りやがって。

「おれのように地面に座らんかい」

「やだよ、汚いのは嫌いなんだ」

「仕方あるまい、おれもベンチに座ってやるか」

 まったく動く気のないアオの足を踏みつけ、上にのってやる。

「重いなあもう。クロまた太った?」

「うるさい。全部恋のせいだ」

「意味わかんないし・・・」

 猫の体重について触れるなんて、デリカシーのない奴だ。

 ていうか尻尾バシバシすんのやめろ。

「それより、ぼくら何でこんな場所にいるの?」

「おれの恋の相手がいるのさ」

「ふーん」

 アオは興味なさそうに、大きくあくびをする。

「公園にいるだなんて、大層なご身分なことで」

「毎日夕方になると来るのよ、可愛いぜ」

「猫が恋、ね」

「うむ。好きだ」

 アオは空を仰いで、再び大きなあくびをした。

「どこが好きなの?」

「毛並みがたまらなく美しいのだ。なんともきれいな黒毛よ」

「見た目だけ?」

「笑顔が可愛い」

「見た目じゃん」

「何をいう!」

 おれはアオに向かって自慢の牙を見せつけた。

 たとえお前であろうとも、我が恋を侮辱することは許さん! と心の中で叫ぶ。

 アオはひるむこともなく、おれのお尻をポンポンと叩いた。

「見た目じゃないなら、じゃあ何だって言うんだよ?」

「はあぁ」

 おれのため息に、アオはにゃあと笑った。何だその余裕むかつくな。

「いいか、アオ。笑顔っていうのはなあ、誰でもできることじゃないんだ」

「はぁ」

「まあお前にはわかるまい、雑種め」

「はいはい、・・・って、ぼくは雑種じゃない!」

 ガバッと立ち上がったアオの膝から降りて、おれは地面にくるりと着地する。

「ほれ、その余裕のなさが雑種なんだぞ」

 立ち上がると、当たり前だけれどアオはおれなんかよりもよっぽどでかい。

「クロ、雑種の意味わかってんの?」

 呆れた顔でこちらを見るアオを見上げながら、おれは尻尾をピンとさせて言った。

「無論、雑な猫と人間のことだ。お前はガサツだからな、だから人のくせに友達もいなくて、おれみたいな猫とばかりつるんでいるんだろう?」

「違うわ! ぼくはクロのことが・・・」

 アオは突如怖い顔で黙り込んだかと思うと、ニコッと笑った。

「何でもない。うまくいくといいね、その猫との恋」

 え、何今の。

「アオのその笑顔怖いんだが」

「どうせぼくの笑顔は可愛くないですよぉーっ、だ!」

「その子は猫じゃないぞ」

「えっ、犬?」

「人だ」

「だってクロは猫じゃん」

「猫だって恋するんだぜ?」

「そういうことかよ・・・。でも、毛並みが美しいって」

「おれの尻尾のように、長くて美しい黒髪なのだ」

「はぁ・・・」

 アオが腰に手をおいて、おれを見る。

 女の子にしては短い髪と、その真っすぐな茶色の瞳。

 どこか潤んだその目は、・・・花粉症だろうか。

「もういいよ、クロの勝手にすれば」

「そうさせてもらうよ、おれは猫だからな」

 バシンっと尻尾を叩かれて、おれは飛び上がった。

「何をするんだ!」

「知らない!」

 アオはそう言うと、大股で勢いよく、どこかへと行ってしまう。

 おれは尻尾の毛並みを整えるためになめながら、はてなと首をかしげた。

 真っ赤な顔して、どこか怒った顔だったなあ。

 まさかおれに恋しているわけではあるまい。

「変なやつ」

 今度おれのお腹を撫でさせてやるか。

 撫でてる時のアオの顔は、ふにゃけたような笑顔で、とても可愛い。