新幹線には誰も座らない自由席がある

新幹線の、一つの車両の最後部にある、座席と壁の間の隙間をご存知だろうか?

知っての通り、新幹線は行きと帰りで座席の向きを反転させる。

そのために、後部座席の背面であろうと、回転させるために余裕の持った造りになっていて、人ひとりが寝られるくらいのスペースがあるのだった。

たいていは使われないか、たまに大きな荷物が置かれていることがある。

 

ぼくはたしか、小学3か4年生で、夏休みに大阪に住む祖母のもとへ行くため、ひとりで新幹線に乗らなければならなかった。

夏休みの行楽シーズンでとても混んでいて、激混みで、とうてい座ることなんてできないだろうなあと思って、自由席のキップを買っていたぼくは満席であることを確認して、一息つく。

 

計算通り。

ひとりほくそ笑む。

ぼくはワクワクしていた。ついにヒミツの計画を実行する時が来た……!

 

その隙間に気づいたのは、何歳だっただろうか。

ぼくはずいぶんと早い段階から、新幹線にはだれも知らない自由席があることに気づいていた。

もはや席と呼ぶにはゼイタクすぎるそれは、自由個室と言ってもいい。

何なら住める。

自由ワンルーム、トイレ別共同、と呼んでもいい。

 

品川から新大阪の駅までは、3時間くらいかかる。その時間を最高に快適に過ごすためには、デッキで立ち尽くすのは無論、一般の人は入るのすら許されない、貴族シート(グリーン席)に座るのだって足りない。

 

ドキドキしながら、ぼくはおっきなリュックを抱えて後部座席の方へと歩いていく。

一番後ろの席では同い年くらいの兄弟が二人、白と青のDSで遊んでいた。

ゆっくりと通路を歩いて、自動ドアがシュッとあいた。

背もたれと壁の間をのぞきこむ。

 

やった、あいてる!

 

あたりを見回して、だれも見ていないの確認したぼくは、スッとその隙間へと入っていった。

隙間は想像していた通り、とても快適だった。

ぼくはDSで遊んだり、本を読んだりして過ごす。

 

「君、大丈夫? 席かわろうか?」

一時間くらいそうしてくつろいでいると、優しそうな顔をしたおばちゃんが、自動ドアの前で心配そうな顔をして立っていた。

「あ、大丈夫です」

ちょっと気まずいな、と思いながらぼくは軽く頭を下げる。

 

まさかバレるとは。なかなかの使い手だ。

とか思いながら、早く着かないかな〜と二つ折りの携帯電話を開く。

 

だいじょうぶ? すわれた?

とお母さんからメールがきていた。

 

だいじょうぶ! めちゃめちゃすわってる!

と返信をして、ぼくは目をつぶった。

飽きたなあ。

 

「君、ちょっと」

目を覚ますと、目の前にはデカイ車掌さんがいた。

やば、あのおばさんにツーホーされたのか、とぼくは身構える。

そこにいちゃダメだよ、と注意されるのか、トクベツ料金をとられるのか、何にしても今見つかったのはめんどくさすぎる。てか今ここどこだ。

怖い顔をした車掌さんが、ぼくにグッと近く。

ぼくは隅に逃げる。

逃げ場はどこにもない。

デッキも人はいっぱいだろうし、今更立って到着を待つなんて、とてもとてもイヤだった。

はぁ。

 

「席が空いているから、座るといい」

にっこりと微笑む車掌さん。

まさか、と思って隙間から出て、確認をしにいくと、たしかに席はちらほらとあいていた。

何なら二つの席が並んであいてて、大くつろぎだってできる。

「あ、ありが、とうございます……」

体はカチコチで、フカフカのイスはありがたかっし、窓から見る景色は楽しい。

おばさんも、車掌さんも優しかったな。

怒られるとばかり思っていたから、彼らの優しさはとてもとてもうれしかった。

きっと席を指定していたら、出会うことのなかった気持ち。

 

ホームまで迎えにきてくれていたおばあちゃんと合流して、ぼくはツウぶってこう言った。

「やっぱり新幹線は自由席に限るわ〜」

 

今日得た教訓は、

「小学生だったら許されることは、大人には許されない。ただし、小学生が大人ぶることは許される」

である。

※この物語はフィクションかもしれません、実在する団体、人物名、地名とは関係ない可能性が高いので、話半分に読んでください。また、迷惑行為は厳しく罰せられる可能性もあるし、犯罪に巻き込まれるかもしれないので絶対にマネしないようお願いします。