水族館って水着が必要って知ってる?
けいのさん(仮名)とあおた(仮名)と、一時期出かけるのがブームになっていたのが水族館だった。
都内近郊の水族館は、三人であらかた巡ったのではないかと思う。
そんなぼくらの水族館巡りのきっかけとなったのが、品川にあるアクアパークというところ。
小さい頃から親に連れられて、兄弟仲良く行っていた思い出がぼくにはあるのだけれど、当時は室内遊園地として、ジェットコースターなんかもあったりした。
今となっては水族館の入り口の中すぐのところにある、バイキングと呼ばれるぶんぶん縦に揺れる大きな船のアトラクションのみが当時の名残をとどめている。
ぼくはこのアトラクションが大好きだ。
水族館の名前も、デザインも大きく変わってしまったけれど、思い出深いところには違いなくて、熱量の多いファンであったぼくは、大学生ながらにアクアパークの年パスを所持していた。
とても暑い夏の日の平日、朝から一緒にいたぼくら三人は、何をしようという話になって、たしかぼくがアクアパークを提案したのだと思う。
快く受け入れてくれた彼らを連れて、入場して、バイキングのアトラクションを楽しんだあと、クラゲのゾーンやトンネルのゾーンを見て回った。
ぼくが彼らに見せたかったイルカショーは、15分後に始まるらしい。
森っぽいゾーンには謎のぬべっとした魚や、とかげ的なやつや、カピバラさん。
ペンギンを見たり、動かないアザラシみたいなのを見たり、アクティブなカワウソの様子を見たりしていたら、ちょうどイルカショーの時間になる。
室内にあるイルカショーのプールは、大きな円の形になっていて、それを囲うように背もたれのない、青いイスが並んでいた。
夜に何度か訪れていたぼくは、ナイトバージョンのイルミネーションみたいなのが見られないことを残念に思いつつ、初めて見るお昼バージョンに心躍らせながら、
「一番前でみよ!」
と言った。
ぴんぽんぱんぽん。
えー、前から5列の、背もたれのないイスはイルカさんたちのショーによって水がかかりますので、カッパを着用することをお勧めしています。また、他のイスもすべて、いくら離れていても濡れる可能性はございますので、絶対に濡れたくない方はイスではなく後ろで立ってショーをご覧ください。
というようなアナウンスが流れる。
「え、たけぴこれ大丈夫なの?」
とけいのさんが不安そうにきいたけれど、ぼくは自信を持ってうなずいた。
「大丈夫! そんな大したことないから。ここのイルカショー何度も見てるけど、一番前でも軽く濡れるくらいだからカッパもいらないよ」
そんなぼくの言葉に安心したのか、二人は特に何も言うことなく、一番前の席に座った。
ぼくも一番前でイルカショーを見るのは初めてだったから、とてもワクワクしていた。
始まる直前、スタッフと思しきお姉さんが慌てた顔でぼくらの方に走ってきて、
「あのぉ、大丈夫ですか? ここ濡れるんですけど」
ときいてきた。
「大丈夫です!」
とぼくはにっこりと答える。
何の問題もないはずだった。
2分後、今度はスイムスーツを着た別のお姉さんがぼくらの元にやってくる。
「ここ、結構濡れますよー!」
「大丈夫です!」
大丈夫のはずだった。きっと後から苦情を言われないように、念には念を入れているのだろう。
「いや、でも本当にすごい濡れます」
お姉さんは引き下がらない。
「大丈夫です! 水は好きなので!」
ぼくはにっこり。
「なにでこられましたか? お車?」
「電車です!」
誰よりも不安そうな顔をしているお姉さん。
「あの、本当に、電車に乗るのが恥ずかしくなるレベルで濡れますけど、……大丈夫ですか?」
「はい! 大丈夫です!!」
お姉さんは渋々、というか、本当に心配そうな顔をしたまま、戻っていく。
イルカショーが始まって、尾ひれでイルカたちがパシャパシャと水面を叩く。
水滴がぼくらにかかって、
「冷た笑」
とか言って笑っていた。
ショーは進んでいって、イルカが大きく空に飛ぶと、ばしゃあんと身体を水面に叩きつける。
水は大きな波になって、ぼくらの座っていたところとは反対の客席を、大豪雨でもあったんか、ってくらいびしゃびしゃに濡らした。もう、バケツに入った水をぶっかけたのかな、ってくらい濡れている。
「えっ」
ぼくらは顔を一瞬見合わせる。
「そういう感じ?」
誰ともなくそう言った気がする。
「夏休みバージョンでパワーアップしてるのかな!笑」
ぼくはけいのさんとあおたの顔を見ることができなくて、ただイルカたちを見つめる。
スタッフのお姉ちゃんたちがぼくらに向けていた表情の意味が、ようやくわかった気がした。
水の中を美しいほどにまっすぐ泳ぐ、その身体が大きく空を飛んだ。
ぱぁああああん! と銃弾を放った時みたいな音がして、影が迫って、そこから先のことは覚えていない。
この日ぼくらが得た教訓は、
「水族館では人の助言に従わないと、びしょびしょに濡れることがある。ただし、タオルは貸してくれる」
である。
※この物語はフィクションかもしれません、実在する団体、人物名、地名とは関係ない可能性が高いので、話半分に読んでください。また、迷惑行為は厳しく罰せられる可能性もあるし、犯罪に巻き込まれるかもしれないので絶対にマネしないようお願いします。