ラクサが1番うまいはなし

なぜわたしは今ここにいるのだろう。
日本より20℃も気温の高いこの国で、友達と1年半ぶりに会う。
今、トラムを降りたらしい。39階からロビーに降るエレベーターで、耳が詰まる。


あの人かな?青いリュックの。髪が長いし。

どんな顔をしよう。何を言おう。どんな顔をするかな。何を言うかな。

あ、人違いだった。

 

ようやく再会したロバートは、一層髪が長くなっていたけど、だいすきな彼の日本語アクセントは変わらない。エンジニアの仕事は、大変だけどまだ飽きてないらしい。そういえば彼は理系だった。

ジャックも合流して、薄暗いバーで昔話に花を咲かせる。彼のスムーズな英語が、聞きやすくてだいすきだ。最近先生になったらしい。天職だなぁ。

 

この国の公園には、スイッチひとつで火をつけられるステンレスのBBQ台が設置されていることが多く、ロバートの友達とソーセージをひたすら焼く。
ジャックは二日酔いで来れない。彼のためにジンとトニックを持ってきたんだけど。


この旅行の最大の目玉イベント、Jack Whitehallのライブに向かう。
ロバートがハッキングして(正確にはハッキングじゃなくたまたまシステムがバグっていい席が安く取れたんだけど、かっこいいからハッキングって呼ぶ。)、最高の席を取ってくれた。
入り口でわたしのQRだけ読み込んでもらえず、ハッキングがバレたのかと顔を見合わせて焦る。

 

ワイナリーツアーに行き、どんなに酔っても試飲のワインを捨てないと誓う。

“you might get arrested for being drunk and disorderly.”

ロバートのLINEを見て、焦ってめっちゃ捨てる。ああもったいないけど、逮捕されたくはない。


パスタが食べたかったので、イタリアンを探す。
移民の多いこの街は、エリアごとに特色がある。同じ国の人が集まって、街の中に街を作る。
イタリアン街に向かう途中、マレーシア料理の店を通りかかった。

ラクサあるよ。”

ラクサってなんだっけ。あ、トマト煮込みにたまご乗ってるやつか。食べたい。
わたしが考えてたのはラクサじゃなくてシャクシュカだったと、入店した瞬間に気づいた。

想像の3倍辛いラクサを涙目ですすりながら、不機嫌そうなようすけが目に入る。

 

わたしが泣くと、ようすけも泣く。
泣いている人がいると、泣いている自分がアホらしく感じるのは何故だろう。

 

わたしは感情がすぐに引っ込むから、むかつくらしい。そんなの知ったこっちゃない。
わたしの世界は曇ってるらしい。灰色が汚いなんて、誰が言った?
わたしはみんなを怖がってるらしい。当たり前だ、自己防衛本能が人より少し強いだけ。

 

この旅行で一度だけようすけに、心から、本当に腹が立った。
わたしの大切な友達に心配をかけて、もっと気を使わせた。彼の気持ちを考えると、熱くなって涙が出た。


なぜようすけはこんなことをしたのだろう。

きっと、わたしをすくいたかったんだと思った。
考えすぎの悪循環から、引っこ抜きたかったんだと思った。
ひざかっくんが苦手だから、そうするしかなかったんだと思った。
そう考えたら、涙は止まって、怒りの風船は、最初からなかったみたいにしぼんだ。


全部、考えすぎだったのかもしれない。

 

何についても理由がないと、気が済まない人がいる。
この1週間、学んだことも考えたことも悩んだことも、たくさんある。

でもそんなの全部、予想だにしなかった旅の副産物でしかない。


なぜわたしは今ここにいるのだろう。
会いたい人がいたから。それだけでいいと思った。

 

この国のラクサがこんなに美味しいだなんて、食べるまで誰も知らないのだから。