出会いはなんだって、第一印象が大事 DAY1【岳麓教習所での免許合宿がおすすめという話】

岳麓教習所

 

この漢字を読める人は、なかなかいない。

山梨県富士吉田市にあるこの教習所に、ぼくとなおや(仮名)はいわゆる免許合宿に来ていた。新宿からバスで一本、2時間ほどで着いて降りた駅からは、富士山がよく見える。

3月はまだとてもとても寒くて、冬はまだ終わらないのだなあと思う。

 

じき、迎えの車が来るはずだった。初日は荷物を持ったまま、教習所まで車で連れて行ってもらって、説明をきく手はずになっていた。

二週間。ぼくらは最低でも、この場所で過ごさなければならない。

なんだか寂しいような、楽しみなような、緊張するような、不思議な感じ。

 

駅前の、車が来るのを待つよう指定された場所には、ぼくらと年の変わらなそうな男性が立っている。パーマをかけて、浅黒く、チャラついているようにも見えたけれど、その瞳はまっすぐで、誠実そうにも見えた。

「お兄さんも免許合宿ですか?」

ぼくらはだれともなく、彼に話しかけた。

「あ、はい」

 少し驚いたようにぼくらをみる彼。

「岳麓教習所?」

ぼくがきくと、

「そうです、岳麓教習所」

お兄さんはちょっと笑った。

「あれ、読めないっすよね」

なおやが薄い笑みを浮かべながら言う。

「読めないです」

お兄さんは、深くうなずいた。

それだけで仲良くなれた気がして、空気が一気にくだけたものとなる。

どこかで、みな緊張していたのかもしれない。

そう思わせるほど、空気は澄んでいて、冷たくて、ぴりっとしていた。

「名前はなんていうんですか?」

「成田です。2人は?」

「たけうち、……と」

「なおやです」

成田くんはぼくらの2つ年上で、4月から働くのだと教えてくれた。

なんでまた、寒い山梨を選んだのか、という話になって、ぼくらは言葉に詰まる。

3月に行くと決まったのが直近過ぎたせいで、この場所しか空きがなかっただけなのだとは言いづらかった。

ぼくらが顔を見合わせると、成田くんは恥ずかしそうに、

「もうここ以外空いてなかったんですよ、決めるのが遅すぎて」

と言って、ぼくらは、

「ですよね〜」

とうなずく。

彼とは仲良くなれる気がした。

ぼくらはこの時、成田くんがここに来たもう一つの目的を知ることはなかった。

もし知っていたなら、と後悔をせずにはいられない。

 

迎えの車に送ってもらい教習所に着くと、職員の人がぼくらを案内してくれた。

お昼は教習所内にある、合宿参加者しか入れない部屋でお弁当を出してくれること。

スケジュールはあらかじめ決められていて、動かすことはできないこと。

毎朝の寮から教習所までの迎えの車は、前日に所定の用紙に時間と名前を書いておくことなど。

軽いガイダンスを受けたあと、ぼくらは寮まで車で送ってもらった。

成田くんとなおやとぼくは、寮の前で立ち尽くす。

富士急ハイランドの目の前にあるその寮は、古くて、暗くて、人が住んでいる気配はなかった。

きゃあああ! という悲鳴と、ゴトゴト、というジェットコースターの音を背中にききながらぼくらが扉をあけると、紺色のはんてんを着た、60代くらいのおじさんが立っている。

「はい、いらっしゃい! 君たちが新しい寮生だね。いくつかルールがあるから、心してきくよーに」

新しいことばかりで、ぼくらは疲れていた。

ほとんど彼の話をきくことなく、とりあえずじぶんたちが二週間滞在することになる部屋へと行って、荷物をおく。

 

ぼくとなおやは同じ和室の部屋で、ほかに同居人はいなかった。

もしかしたら相部屋になる可能性もあると申し込み時に書いてあったから、ひとまず安心だ。

「なんか、ヤバそうだな」

部屋にあったコタツに入りながら、ぼくらはどこか不安だった。

古くて、怪しくて、どうしようもないほど霊がいそうなこの場所に、二週間もいられる気がしなかった。

成田くん以外にも、何人かの人がいるらしい。

過酷な免許合宿は、まだ始まってすらいなかったのだと。

その時のぼくらが、気づくはずもなかった。

(続く)ナンパと運転は目的地にたどり着くまで気を抜いてはいけない DAY5【岳麓教習所での免許合宿がおすすめという話】 - 言葉尽くして、好き隠さず