エモたばこの夜の話

まゆ(仮名)がいたから、ぼくはサークルを続けてきたのだと、そう思う。

言語化できるほどの理由やエピソードがあるわけではなかった。彼女が特別何かをしたわけではないし、ぼくが特別したことも、何もない。

ただ、ぼくと、まゆと、かんた(仮名)は、一年生のときからずっと、最初からサークルにいて、毎回毎回合宿に参加していた。

 


ぼくもたいがい、調子にのった、やばい人間だった。

サークルの先輩たちは良くも悪くも「可愛がって」くれて、ずっとい続けたのだから、ぼくにとってあの場所は、居心地はよかったのだろう。

先輩や同期、後輩にはたくさんのことを教えてもらったし、受け入れてもらっていた。

お酒の飲み方も、先輩との付き合い方も、大学生らしさは、すべて、あのバスケのサークルにあったのだと思う。

 


ただ、ぼくはもう、あそこに戻る気にはなれなかった。

受け入れてくれるのかどうかもわからないけれど、あの場所には特有のしんどさがあって、戻りたいとは思わなかった。

 


きっと、ぼくらは死にたがりなのだ。お酒の飲み過ぎで死ぬ大学生がいまだにいなくならないのは、どこかで、そうなってもいいのだと、思っているせいな気がする。

 


昔は、つらいことを共有するのは簡単だった。貧しさも、空腹も、死も、きっと今よりずっと、簡単だ。

人は結局、楽しさを共有するのではぬるくて、死んでしまいそうなほどの辛さを共有して初めて、生きてることとか、仲間であることを認識できるんだと思う。

えな(仮名)は、

「楽しいことは、誰とだってシェアできる。しんどいことをシェアできてようやく、本物なんだよ」

と言っていた。

 


激しい飲み会。合宿の宴会では、酔いつぶれても(布団があるので)何も困らないおかげで、度を超えて盛り上がる。

 

喧騒は心地よかったけれど、ふと心の中で冷静になるときがあって、周りがしんと静かになる。じぶんだけが置いてけぼりにされたような、そんな気がしてきて、居たたまれなくて外に出たくなった。

そんなとき、まゆと目が合った気がした。

「たばこ、ようすけも吸う?」

ぼくは畳においてあった、先輩のアメスピを一本拝借すると、

「行く」

と言った。

 

外の喫煙所は、少し寒かった。夜の空気は澄んでいて、ライターのカチッという音が、やけに大きくきこえる。

たばこは嫌いだった。隣りで吸われるのだけでなく、吸い終わったあとにふわっと香るだけで、とてもとても嫌。

 

知っている人が、吸っていなかったのに吸うようになるのがとても多くて、それをみるたびに、少しだけ苛立ちをおぼえていた。

「まゆ、たばこ吸ってたっけ」

「なんかね」

あとに言葉は続かなくて、それが相づちだと、ちょっとしてから気づく。

彼女のたばこを吸う姿はやけに様になっていて、きっとしばらく前から吸っていたのだと思った。

「ようすけもたばこ吸うんだね」

「うーん、なんかね」

深く、深く吸って、ゆっくりと吐く。

たばこは不味かった。灰の、乾いた味が口に残って、唾を吐きたくなる。

たばこを吸うまゆに、苛立ちはおぼえなかった。

いつか吸うだろうという気はしていて、ただ、その姿が少しだけ悲しげに見えて、どうにもならない、焦りみたいなのをおぼえる。

 

ぼくらはゆっくりと、しゃべっていた。サークルのだれが何した、とか、そんな他愛もない話。

「やっぱり、好きだなあ」

まゆは愛おしそうに、遠くをみている。このサークルが好きで好きでたまらない、という顔をしていて、ぼくはそれを、みていることしかできない。

 

 

このたばこの火が消えたら、ぼくらは戻らなければいけなかった。

特別なことは、一つもない。

合宿の2日目も、3日目も、宴会の最中を抜けだしては、ぼくらはこうして二人、たばこを吸った。

 

ただやはり、特別なことは、何一つとしてなかった。