ナンパと運転は目的地にたどり着くまで気を抜いてはいけない DAY5【岳麓教習所での免許合宿がおすすめという話】

出会いはなんだって、第一印象が大事 DAY1【岳麓教習所での免許合宿がおすすめという話】 - 言葉尽くして、好き隠さず

(続き)

 

「寒っ」

あまりの寒さに、目をさます。

なぜか隣りでなおや(仮名)が寝ていて、あれ、ここどこだっけと寝ぼけた頭で思う。

そうか、車の免許をとりに、山梨にきていたのか。

それにしても寒すぎだ。

きょろきょろと周りを見渡して、エアコンがなかったことを思い出して、ぼくはため息をついた。

掛け布団にくるまりながら、床を這って進んで、部屋にある石油ストーブのスイッチをonにする。

「まじかよ……」

石油ストーブのオイル切れを示すランプがオレンジ色に光った。

「なおや、おい」

隣りで眠るなおやの肩を何度もゆする。

「……なんだよ」

気だるそうに起きたなおやに、ぼくも同じように気だるげに、

「前回灯油替えたのおれなんだから、次はお前が行けよ。さみーよ

と言った。

起きたばかりのなおやの目は焦点が合っておらず、少し警戒したようにぼくの方を見てから、口に手をあてる。

「は?」

「いや、だから。灯油替えに行ってくんね?」

部屋を出て、長い廊下をしばらく歩いた先の、玄関のすぐ近くに灯油は置いてあった。

玄関は外の温度と対して変わらず、とてもとても寒い。この五日間でぼくらはそれを、文字通り身にしみてわかっていた。

「無理。じゃんけん」

言葉少なに返すなおやに、ぼくは苛立ちを隠せない。

「負けたやつが絶対行けよ」

ぼくが言うと、なおやは半分も目を開けずに、小刻みに三回、うなずいた。

「じゃんけん、ぽん」

なおやがパーを出す。ぼくはグー。

「ちっ」

ぼくはじゃんけんが弱い。

 

 

教習は順調だった。

授業のような、いわゆる学科教習と、実際に教習所内で運転する技能教習。

シュミレーターを使った一回の練習の後、ぼくらはすぐに車に乗ったのだけれど、最初はとにかくビビりまくった。

AT車の、アクセル踏んでないのに動き出すクリープ現象や、アクセルをちょっと踏み込んだだけでぐぅんと進む感じに慣れなかったけれど、しばらくするとようやく感じがつかめるようになってきた。

ただ、運転をする技能教習の教官が毎回違うのにはどうしても慣れない。

しかもクセの強い教官が多くて、ぼくらは夜な夜な、寮生同士で近くの居酒屋にいっては、彼らの話を酒の肴にすることになるのだけれど、それはまた別の話。

夕方、ぼくとなおやが送迎の車に乗って帰ろうとしたところを、同じ寮生の成田くんが慌てて飛び乗ってきた。

「すいません、遅れて」

「あれ、成田くん何してたんですか?」

教習所内で、1人だけ雰囲気の違う、きれいな女の子がいた。たぶんぼくらと同い年くらいのその子は、明らかに周りと浮いていて、近寄りがたい。

成田くんは教習後、何度かその子のところに行っては、何かを話していて、ぼくらは遠巻きに、何やってるんだろうあの人は、と思っていた。

「今夜、ご飯行くことになりました」

なおやが驚いたような顔をしたかと思ったら、すぐにニヤリと薄い笑みをうかべる。

「え、あの子ですか」

成田くんは大きくうなずいた。

彼はチャラそうな見た目をしていながら、誠実そうな目をしている好青年なのだけれど、やっぱりチャラかった。

「実は、寮の近くのスーパーのお姉さんの連絡先も、交換済みなんですよね」

「え、まじですか」

とてつもなく驚いた。

連絡先を交換できたことも今日別の子とご飯に行くこともそうだけれど、何よりもその行動力にぼくらは驚かされた。

いったいぜんたい、何を原動力として動いているのだろうか。

というか、免許合宿に何をしにきたのだろうか。

「じゃあ今日は帰ってこないんですか?」

なおやがきく。

「そうっすね」

成田くんは不敵な笑みをうかべる。

ぼくら寮生には門限があって、人を連れ込むことも禁止されていたため、成田くんには限られた選択肢しかなかった。

 

ぼくらはこの日の夜起こったことを、忘れることはないだろう。

(続く)