わかなという化け物の話

わかなさん(仮名)は、頭がおかしい。

これは褒め言葉ではない。

 

「わかなさんと似ている一年生が入ってきた」

 

テンション高く言った、サークルの代表は、幸ちゃんという渋谷の居酒屋の前で、ぼくとわかなさんを引き合わせた。

わかなさんは真顔でぼくの顔をまじまじと見つめる。

ぼくはとても緊張して、彼を見ている。

すぅーっと、感情の読めない表情をしたかと思うと、わかなさんは目をカッと見開いて、

「(似ているのは)アゴだけやないかい!!」

と叫んで、どこかへ行ってしまった。

 

これがぼくとわかなさんの出会いである。

当時、すでに社会人だったわかなさんは、銀色のアタッシュケースをぶんぶん振り回しながら、居酒屋で、道端で、だれよりもしゃべっていた。

 

わかなさんは、広い体育館にぼくと2人だけにも関わらず、空に届かんばかりの奇声を発しながら、謎のダンスを踊りだす。

居酒屋で、初対面の人たちの前で、焼きそばをもぐもぐと食べたかと思うその直後にはもう、もぐもぐしながらじぶんの膝の上に焼きそばを全部口からこぼした。

よその大学の教室で、1メートル以上ジャンプして壁にしがみついたり、よその人の家で、早朝に窓を開け放って叫び出す。

 

今まで、こんな人見たことなかった。

これからもきっと、わかなさんを超える人間に出会うことはないだろう。

彼は化け物だ。

人には理解できない行動をして、恐れられ、喜ばれ、尊敬される。

 

わかなさんは、ヒト化け物だ。

だれよりも、ヒトのことを考え、面白いことを探して、だれをも楽しませようとしている。

そこに体力を使うことを厭わない。

全力で、死に物狂いで、何がなんでも、だれかをビビらせるために、生きている。

 

ただ、わかなさんの化け物の性質は、そこが主ではなかった。

 

わかなさんは、新しいヒトと会うことにストレスを感じない(ように見せるのが上手だ)。だれとでも関係性を築くことができて、だれの家にでも行くことができて、面白くしてしまえる。

それはまるで、どんな食材を使っても、めちゃめちゃ美味しい料理を作ってくれる、スーパーお母さんみたいな感じ。

どんなつまらない会話でも、どんなつまらない(と多くの人に思われてしまう)人でも、わかなさんの手にかかれば、わかなさん自身が、一番面白がってしまう。

しかも、そのツッコミには、優しさがある。

 

ヒトのことを考え抜いたからこそ、出てくる言葉だなあと思う。

だれかを思いやらない人に対して、ただ怒るのではなく、時に優しく、時に厳しく、ツッコミを入れて、笑いに変換してしまう。

その分暑苦しくて、面倒で、頭がおかしいなあと感じることはあるのだけれど。

 

でも、本当にすごい化け物だなあ、と思う。

ぼくは、わかなさんがとてもとても、好きだ。

わかなさんが、多すぎる人に、好かれる理由がよくわかる。

 

壊れていて、頭がおかしくて、怖くて、面白くて、ふざけきっていて、真面目で、真剣。

 

わかなさんのどんな行動にも、ぼくらが萎えたり醒めたりすることがないのは、その行動が、わかなさんが何も考えず目立ちたいと思ってした行動、ではなく、わかなさんが考えて考えて、ぼくらのためにしてくれているということが、心にダイレクトに響くくらい強く、わかるからだった。

 

わかなさんは、サークルの母である。

ずっとそこにいてくれて、それが安心して、だからぼくらも安心して戻って来たいと、そう思わせてくれる。

 

そんな存在、どうしたって人間じゃない。

 

だからぼくは、わかなさんを、化け物と呼ぶ。