そうちゃんとはご飯に行けない話
そうちゃん(仮名)に断られて、もうたぶん、5回目。
そうちゃんは同じバイト先の同じ年代の子なのだけれど、聖母、母、母なる大地、とバイトたちの間でひそかに呼ばれている。
それくらい優しくて、お姉さんっけが強い。面倒見がよくて、安心感しかない。
まかないを食べながら話をするとき、健康的で快活に笑うそうちゃんをみて、一緒にご飯に行きたいなあと思った。
そこから、おちゃらけながら、ふざけた調子で、ご飯行こー、とかぼくは言っているのだけれど、
「いやだ」
と笑いながら言われてしまう。
一緒に帰ろー、と言っても、うれしそうな顔をして、
「むり! お先に失礼しまぁす」
と帰ってしまって、
「悲しい…」
とか言いながら、ぼくはそのやりとりも楽しんでしまっている。
最近、強く強く、そうちゃんとゆっくり話してみたいなあと思うようになった。
バイト先で、イキった人たち専用のグループラインで、意見の食い違いみたいなのがあったとき、そうちゃんはじぶんの意見をしっかり持って、主張をしていて、面白いなあと思った。
意見の食い違いと言うには激しすぎて、めまいがするくらいイヤな空気だなあとぼくは思っていた。
どちらの意見もよくわかる。
だからぼくとたいらさん(仮名)は、場をとりなそうと必死になって、おぼれていた。
ただ、そうちゃんの持つ強さと意志みたいなのが、とてもすてきだと思った。
店長と長文で話し合ったときも、そうちゃんの言葉に、とてもとてもすくわれた。優しくて、思いやりがあって、力強いなあと思った。
こんな豊かで、強くて、優しい言葉を持っているそうちゃんは、何を考えて、どう生きているのだろうか。
プライベートで会ったことが一度もなかったから、とてもとても、気になって。
たいらさんに、どうしてもそうちゃんとゆっくり話してみたいと言ったら、
「一回真剣に言ってみれば?」
と言われた。
たしかにぼくは毎回軽い口調で言っていたから、ふざけていると思われてもしかたがなかった。
なるほど、と思って、次の日、早速そうちゃんを誘おうと思って、彼女があがった直後に、声をかける。
「ねね」
んー?
「あ、ちょっと待って」
どうした?笑
「い、一緒に……」
「一緒に、今度ご飯食べないー?」
最悪である。とてつもなくどもって、めちゃめちゃ緊張した。
なぜだろうか、と考える。
いつもふざけた調子で言うのに慣れてしまって、言葉を軽く使ってしまっていて、だから、真面目な言葉の深さというか、質量を、忘れていたんだと思う。
彼女はいつものように、快活に笑って、じゃあ帰るねえ、と言っていなくなった。
失敗した、と思って、次はきちんと言おうと思って、3日後、再びそうちゃんがあがる直前、声をかける。
そうちゃんは「なんで行きたいの?」と言いながら笑って、「お先に!」とどこかへ行ってしまった。
たしかに、なぜ行きたいのだろう。
下心はないと思う。
じゃあ明確な理由があるのかと言われれば、言葉にできるものは何もなかった。
ただ、彼女の生き方を見て、すてきだなあと思って、一緒にゆっくりお話ができたらいいなあと思った。
そうちゃんがなんで、断ることもせず、笑うだけなのか。
えな(仮名)が昔、「断る方がしんどいから、断らせないでほしい」
と言っていて、もしかしたらそれなのかもしれなかった。
言葉をもらってないから、全部憶測だ。
真剣に伝えようと思ったけれど、ぼくはまだ、何も伝えられていない。
ただ、真剣にすべてを伝える術(すべ)は、どこにもないように思われた。
どうしようもないなあと思って、少し悲しくて。
重くもなく、軽くもなく、一緒にお話をしたいのだと、そう伝えられたらいいなあと思う。
伝えられるのは何年後になるかは、わからないけれど。
それでもいいのだと、じぶんに言いきかせていた。