はじめまして、ゆーご
これは男の子をナンパした話。
アニメが好きだったぼくは、結構軽い気持ちでアニメ制作会社の説明会へと足を運んだ。
中野にあるその会社の説明会には、1列10名くらいが座って、それが3列ほどある。ぼくは真ん中の列の右端に座った。
説明会では実際にアニメの制作スタジオの見学もできて、それはぼくにとってビールの工場見学やワイナリーツアーと同じくらい、とても魅力的なものだった。
実際に働く人たち、2年目、6年目、10年目、と年数の違う社員の方の話も伺うことができて、すごく興味深かったのを覚えている。
最後の質問コーナーになって、後列の左端で質問をしていた男の子の、ハキハキとして論理的な物言いがとても印象的で、ぼくは人事でもないのに、こいつはいいぞ、うちで働けば伸びるに違いない、と勝手に妄想していた。
そのままつつがなく終了した説明会。
ぼくは足早にエレベーターに乗り込んだのだけれど、すべり込むように一緒に乗ってきた人がいた。
そう、さっきの彼である。
エレベーターに二人きり、これも何かの縁だと思い、ぼくは思い切って話しかけてみることにした。
「アニメの会社、見てるんですか?」
見てないやつはここにこないだろ。説明会ありの看板見てふらっと入ったんです〜、って言うとでも思ってんのか。と心の中でじぶん自身にツッコミながら、ぼくはエレベーターの開ボタンを押した。
彼は人の良い笑みを浮かべて、先にエレベーターを出る。こっちをちょっと振り返りながら、
「そうなんですよ」
と言った。
奇遇ですね、ぼくもなんです。と言おうと思ってやめて、
「中野駅ですか?」
と聞く。
「そうです」
「こっちでしたっけ?」
と話しながら、ぼくらは並んで歩いた。
「他のアニメ会社も見てるんですか?」
「見てますよ〜、そっちは?」
「ていうか敬語やめましょか」
「そうで、うん、そうだね」
そっからぼくらは駅までの道のり、7分くらい歩いていた。
時刻は15時とか16時とかで、ぼくは19時くらいから用事があったからそれまで時間があった。
面白い人間だなあと、この時すでに思っていたぼくは、なんとかしてもっと話せないかと思いながら歩いていた。
もうそろそろ駅に着く、というところで、晩杯屋の「営業中」の看板を見つける。
まだ17時にもなっていないのにあいてるなんて、どれほど有能な立ち飲み居酒屋なの…、好き。
ぼくはつばを飲み込んで、思い切って思い切る。アルチュウって思われたらどうしよう。
「軽く一杯飲まない?」
ガラガラの晩杯屋を指差して、ぼくは笑えているかわからない笑顔を浮かべた。
まだ名前も知らない彼は立ち止まると一瞬、迷ったような表情をした。
だがそれも束の間。
「いいね!」
一杯と言わず、何杯でも。
これがぼくとゆうごの初めての出会いだ。
立ち飲みでは語り足りなかったぼくらは、すぐに次会う予定をとりつけ、渋谷で飲むこととなる。
渋谷では何軒もハシゴして、酔っ払って、とても楽しかった。
彼の考え方も、生き方も、飲み方も、ぜんぶとてもとても面白くて、頻度は高くはないかもしれないけれど、これからも会い続けるに違いない、と心から確信した。
その後一年が経ったが、彼と飲むことは一度もなかった。
人生そんなもん。
理由なんてわかりきっていた。
ぼくが誘っていないから。
だから何をすればいいのか、そんなものは簡単だ。
また誘って、一緒に飲もう。
ぼくが強烈に好きだと思う人間は、そんなにいない。
ぼくに何度も何度もサシのご飯に誘われた?
それは大好きに違いないから、どうかかまってあげて。
断られるのがしんどくないわけないけど、一緒にご飯に行けた時の喜びがましましに勝るから、いつだって声をかけるのはやめられないんだ。
すべてが落ち着いたら、ぼくのスケジュール帳は、本当に会いたい人のために、ぜんぶ埋まるだろう。
また一つ、楽しみができた。
明日も一日がんばるぞい!