いつだって相手の得を考えろという話

ビジネスに限らず、何かをするとき、ぼくらはいつだって相手の側に立つ想像力がないといけない。

何のために行うのか?

相手はなぜその行動をしているのか?

その人にとってのメリット、得になることを調べて、考えて、想像をすれば、おのずと自身がしなければいけないことも見えてくる。

 

人間関係も人生も損得じゃないよ、じぶんにとってのメリットや相手にとってのメリットばかり考えていては、真の関係は築けないし、虚しい。というのは少し違うのだとぼくは思う。
損得を選んで、得の方を選択しなければいけないわけではない。

いくら得をしようとも、じぶんのルールを曲げてしまうようならば選ぶべきではないし、いくら損でも選ばなければいけないという強い想いにかられるときがきたら、そうするべきだ。

 

じゃあなんで相手の得を考えなければいけないか。

それは、じぶん目線を外すためなのだと思う。

こんなに魅力的な提案をしているのに、何でOKと言ってくれないのだろう、と思ったとき、それは相手の得を考えきれていない。

 

人によって、あらゆることのゴールが違う。

お金を稼ぐことをゴールにしている人が、家族を幸せにすることをゴールにしている人に、お金を稼げる魅力的な提案をしたとしても、家族を幸せにしたい人が二つ返事で引き受けることはないだろう。

お金を稼ぎたい人にとっては、そんな人は理解ができない。

それはじぶんの得と、相手の得が一致しないからでしかないのだけれど、じぶんの得ばかり考えてしまうような人は、そこでつまずいてしまう。

 

だから、相手にとっての得を考えろ。

だからぼくは、無料のものが怖い。

親切なおじさんが怖い。

儲け話が怖い。

 

どんな合理的で、論理的で、納得のいくような得のある説明をされたとしても、納得するべきではないのだと思う。

とにかく、相手の得を考える。

OB訪問というものが、ぼくは怖くてしかたなかった。

リクルート主催の、本当によくわからないOB訪問会みたいなのがあって、大学のOBでもなければ、人事の人でもない謎OBが、ぼくら就活生のために時間を割いて話してくれるというものだったのだけれど、ぼくは不思議すぎて、出会ったすべての人に、(失礼にならないように十分気をつけた上で)なんのためにぼくらと会って話をしてくれるんですか? ときいてまわった。

結論、やつらは皆やばいやつ(いい意味で)というところに落ち着いたのだけれど、もう少し相手の得を考えるべきだったのかもしれない。

 

相手がなんのために、どんなメリットがあって、今ここにいるのか、こちらに提案してきているのかを考える。

なんでそんな言葉をかけてくるのか、なんで一緒にご飯にいって、そんな話をぼくにするのか。

 

ただ、こんな風に考えすぎて、こじらせてしまって、この人はじぶんと一緒にいて楽しいのかな、こんなつまらないじぶんといて何の得があるんだろう、いや、きっと得なんかなくて、本当は帰りたいんだろうな、申し訳ないな、とか思い始めたら、よくないのだと思う。

友だちが友だちと一緒にいたい理由なんて、一つしかない。

一緒にいるその人が、楽しそうにしてくれるから。

 

だから、じぶんが一番楽しいと思ってしまえばよいのだと思う。

人のことを気にしすぎて、気を使いすぎる人は、気を使うことに気を使われてしまうから、本末転倒で、そんな気づかい、捨ててしまった方が身のためだ。

そうだ、笑おっと。

相手の得を考えて、気を使われたくないと思っていると思ったのなら、笑ってしまおう。

 

人は、笑うためと泣くために生きているのだと思う。

だからぼくは、めっちゃ笑って、めっちゃ泣く。

だれかのことを想って。

それって、とてもすてきなのだとおもう。

 

いや、違うか。

とてもとてもわがままで、どうしようもないくらい人間なのかもしれない。

泣くのはもうやめよう。

 

笑う。

だれかがすくわれることを信じて。