やばい新人の話
バイト先にホールスタッフとして、優秀で仕事のできるやばい新人が入ってきた。
彼女の名前はしおり(仮名)と言うけれど、ここではプライベートに配慮して、やばい新人、と呼ぶ。
アルバイトの初日から、この卓とこの卓のコースを担当したいです、と言ってきて、
正直、コースの内容も何もわかっていないはずなのに、大丈夫かなあって思ったのだけれど、面白いから、ぼくは二つ返事で
「お、いいじゃん、じゃあヨロシク」
と言った。
結果、完璧にコース進行をしていて、神だ〜って思いながら、ぼくと一緒に働いて、バケモノ(ほめ言葉)みたいなスタッフになっていってほしいなあと思った。
しかも、ハンディ(注文をとるときにポチポチ押す機械)も、最初から使いたいと言っていて、初めはまごついていたけれど、しばらくするとそれなりに使えるようになっていた。
ちょっと手間取ってしまって、お客さんを待たせてしまった卓があった。
ぼくも様子を見ながら、最後のお見送りでも、
「すみません、新人がいたもので、ちょっとご迷惑をおかけしちゃって」
と言ったら、お客さんは、
「いやいや、1.5倍楽しかったです!」
と笑顔で返して、やっぱりこの新人はすごいなあ、と思った。
ぼくが何よりも好きだと思ったのは、意欲だった。
動こうとする意欲、覚えようとする意欲、お客さんも、スタッフでさえも、楽しませようとする意欲。
そこに受け身が一切感じられなかった。
すべてじぶんから前にでて、行動をする。
しかも、どんなに忙しいときも、やらなければいけないことを把握した上で、ピリついた空気を和ませることができる。
たとえば、もともとふわふわした人がいるとして、そういう人が、一種の鈍感さを持って、場を和ませることはある。でも、ふわふわした人って、仕事が忙しい中で、何をやらなければいけないのか、優先順位をつけて動くことができないことが多い。
それだけならいいのだけれど、忙しいときに失敗をして、仕事を増やされてしまったら、こちらとしては大変に困る。まあふわふわした人がいてくれると、個人的には、じぶんがその人をみて和めるから、とても好きなのだけれど。
やばい新人は、頭が良くて、じぶんに何ができて何ができないのかを把握することのできる優秀さがあって、なおかつ、計算して場を和ませることのできる能力を持っている。
これはもう、やばい新人としか言い表せない。
イキってるところ(もちろんほめ言葉)、じぶんも他の人も楽しませようとするところ、賢いところ。
じぶんにストイックでありながら、人に対して厳しくあろうとしないところが、ぼくはとても好きだなあと思った。
期待しかない。だから、こわいなあと思う。
彼女が幻滅して、辞めてしまっては、とても悲しい。
期待を重荷に感じすぎてほしくないし、かといってこのお店から学ぶことは何もなくて、楽しくないと思われたくもない。
失敗してもよい。というか、ミスなんてぼくだってめちゃくちゃしてる。
ぼくは、やばい新人がミスするのが楽しみだなあと思っている。そのマイナスをプラスに変えていくのか、それとも落ち込むだけなのか、何も感じないのか。どちらにしろ、彼女の意欲の良さは変わらないし、もっともっと、やばい新人の良さをぼくが引き出せたら、それは最高だなあと思ってる。
一応、期待している分、様子をみながらどのスタッフよりも負荷をかけているつもりなのだけれど、はたしてこれが正しいのかはわからなかった。
ただ一つ、言わせてもらうとすると、とてもとても、楽しみだ。
このお店を、スタッフを、彼女が好きになってくれたらいいなあと、願わずにはいられない。