この夜のどこかにしばしばがいるはなし

夜のお散歩が好きだった。

思い返すとそれは、お父さんが早く帰宅した日の特別なご褒美だった。

そもそも彼が言い出したことだったんだろう。昼間に会えない分の穴埋め。

 

古着屋さんで出会った素敵なワンピース。一目ぼれして買ってしまったけど、まだ1度も着ていない。

おめかしして外に出たい気分だった。あのワンピースを着て。

夜のお散歩。

 

22時、髪をワックスで掻き上げて、いつもより濃いメイクをして、1番赤いリップを塗って、お気に入りの香水をつけた。

誰に会うわけでもない、自分のため。自分に好かれるため。

 

1足だけ持っているヒールのパンプスに足を滑り込ませる。こんなに大きかったかなと、記憶と実物のすれ違いに戸惑う。

 

外の空気は思ったよりも冷たくて、膝上20センチはむき出しの足を刺す。

曲の音量を上げる。自然と背筋が伸びる。

 

お出かけ。

 

いつもスーパーと家を往復しているだけの道。今日は街灯の明かりが強く感じる。通りすがりのおじさんが怪しい目でこっちを見る。妖艶なつもりの笑みを返してやる。犬の散歩のお兄さんたち。すでに3回すれ違った。お互いに寄りかかりながら器用に歩くカップル。ヒールで颯爽と通り過ぎる。クリスマスにまつりんと行ったお店の店主。こちらに背中を向けて何か食べているけど、すぐに彼だと分かった。

踏切のポールが、わたしを待っていたかのように上がっていく。

 

なんだか大股になる。これだけ気の強そうな格好をしているのだから、行動もそれ相応でなくてはならない。できるだけ足音を高らかに響かせようと、歩く。

 

廃れたコンビニの外に灰皿を見つける。久しぶりに吸い込んだ煙に、頭が重くなって、首が右に倒れる。最初に煙草を吸った時のことを思い出した。

 

池袋の駐車場、フェンスに寄りかかってお酒を飲んだ。

 

お前、たばこ吸ったことあんの?

吸ったら別れるって言われてる。

言わなきゃばれないって。まあいいじゃん、吸えよ。

秘密、作りたくない。

 

学校の喫煙所で、過ごした時間。見かけて、無視されて、話しかけて、話しかけられた。

 

わたし、どうしたらいいかな。

んー、難しいね。もう一本吸おうよ。

 

玄関を開けると、安堵と寂しさが同じくらいの音量で響いた。

メイクがお湯に溶けていく。さっきまで部屋で映画を見ていたわたしに戻った。

どんどん目じりが吊り上がっているのは気のせいだろうか。自分の好きな自分と嫌いな自分が、混じって別れて、たまに交代して。

 

 

5歳のわたしには、何もない夜の中に、しばしばが見えた。

しばしばがいる!

そう叫ぶと、お父さんが走ってきて、助けてくれるのを知っていた。