アキバの面白い異様さ
仕事の都合で平日の夕方、秋葉原に非接触型の体温計を買いに行った。
新御茶ノ水駅からお店に行き、その後秋葉原駅まで歩いたのだけれど、小雨の中、道にはたくさんのメイドさんがいらっしゃった。
大通りを一本入った広すぎない道に見渡す先ずっと、2メートル間隔くらいで多種多様な服を着たメイドさんたち(サムライもバニーもよくわからないのもいた)が立っていて、手を振って呼び込みをしている。
一瞬ここがどこかわからなくなる。
遠い異国の地にしてもファンタジーな世界に飛び込んだにしても、てんでばらばらな服を着たメイドさんたちの立っているその光景は異様だった。
どんな感情かもわからず、ぼくはふるえる。
高校生の頃はよくアキバに行っていた気がする。
友だちとアニメイトやまんだらけに行って買い物をしては、サイゼリヤで遅くまでダラダラと過ごしていた。
この日、あらためてアキバに赴いて、この光景の異様さにふと狐にばかされているような気分になる。
今のご時世で、室内での密を避けるために、こんなに外にメイドさんがいるのだろうか。
ぼくが秋葉原に行っていた頃には、こんな光景を見たことはなかった。
高校生の頃のぼくらは、可愛いイラストの女の子の描かれたタペストリーやまんがタイムきららのコミックスやライトノベルを買って喜んでいるようなライトなオタクで、メイド喫茶を楽しむほどの勇気も覚悟も持ち合わせてはいなかった。
ゲーセンにもよく行って、店員さんに頼んで落としやすくしてもらいながら、アニメキャラのフィギュアをとっていたなあ。
ぼくらが当時見ていた表通りにいるメイドさんは、氷山の一角でしかなかったのかもしれない。
一本裏に入った通りにいる多くのメイドさん。
今、何年も前の自分を思い出しながら、道端に立ち尽くすメイドさんを見ながら、田舎町に行った気分になる。
田舎町には住んでいたこともなかったし、おばあちゃんが暮らしているわけでもなかった。
でも、田んぼや日本家屋、寂しげなバス停にエモさを感じる。
そんな時と似た感情が、小雨のふるアキバでぼくを襲った。
そこには、寂しさがあった。
知っているようで知らない、複雑で、寂しくて、本当は知りたくて、でもきっと、近づくことのできない。
そんなアキバの異様さを噛みしめながら、ぼくは意を決して、道端に立つ左目に黒の眼帯をつけたゴスロリメイドさんに声をかける。
かけなければならなかった。
かける以外の術はぼくにはなかったのだ。
「すいません」
ゴクリと唾を飲み込んで、ぼくは恥ずかしい気持ちを必死に押し殺して、こう言った。
「アキバの駅って、どっちですか?」
眼帯ゴスロリさんは一瞬きょとんとした顔でぼくを見た。たぶん。マスクをしていたから、どんな表情だったかは定かではないし、緊張してたからあまりゴスロリさんの方を見ないでいた。あまり見つめて変なやつだと思われても嫌だし…。
やばい、客じゃないからあしらわれるかな、と思ったら、
「えーっと、あっちの道をまっすぐ進んで、左に曲がって大通りでたら、みぎあるいて、しばらくまっすぐ言って左行くと駅です!!」
と快く伝えてくれた。めっちゃ丁寧なその案内に心の中で密かに感動しながら、眼帯さんに深々とお辞儀をして、ぼくは歩き出した。
なんとかっこいい眼帯さんだろうか、と思いながら、ぼくはもう振り返らないぞ、と思って意気揚々と歩き出す。
「お、お兄さん!」
え、と思って、まさかぼくじゃないよな、でも確かに眼帯さんの声だ、と思ってドキドキして、ぼくはすぐに振り返った。
「何ですか?」
何を期待していたのかは、ぼくにもわからない。
お姉さんはマスク越しで表情は見えなかったけれど、まっすぐな目をこちらに向けてきた。
「あっちの道です(苦笑)」
指差す先は、ぼくが歩き出した方とは逆方向。
「…………。あ、すみません(小声)」
ペコペコ頭を下げながら、ぼくは駅と思われる方向へと歩いた。
アキバは不思議なところだ。
一言では語れないほどの深さがある街。
ぼくはいつかまた、この街にくるのだろう。
と感慨深げな気持ちになりながら灰色の重たげな雲のかかる空を見上げる。
アキバのその異様さを噛みしめながら、ぼくは傘もささずにゆっくりと歩いていた。